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れな

ゲストハウスやペンションなど経営するうえで大切なこと。

「良心的な値段のゲストハウスを経営したい」など、社会貢献的な夢を思い描く人がいるでしょうか。

その際に大切なことです。

ゲストハウスだけでなく、ペンション、シェアハウスなど営みたい場合も同じです。



旅人の気持ちを知ることが大切です。

特にペンションなど高級めな宿泊施設を志す場合に顕著ですが、「居住空間を提供したい」と願う人は多くの場合、家庭的です。

立派な家に生まれ育ったことから快適な空間を持っており、そして家事や料理を親から教わって得意としています。客人を持てなすことに慣れています。

その体験の延長線上に「ペンションを営みたい」という思いを抱くことが多いでしょう。


あなたは自分が「人をもてなすことが得意だ」と自覚しているかもしれません。

それはたしかにそうかもしれませんが、あなたが本当に良心的な、社会貢献的なゲストハウスなど営みたいなら、「旅人の気持ち」を体験的に知っていることが大切です。

「もてなす側」ではなく、「宿泊する側」の気持ち、ニーズを、体験的によく理解していたほうが、より良い宿泊施設が営めます。



高級ホテルではなく、安い宿を体験しましょう。

ペンションを営みたい人は、ペンションや高級ホテルに泊まる経験も豊富であるかもしれません。だから「宿泊施設に何が必要かは知っている」と思うでしょうか。

しかし、そうではないのです。

あなたが本当に良心的な、社会貢献的な宿泊施設を営みたいなら、高級なホテルやペンションや老舗旅館ではなく、「安い宿」の宿泊体験を豊富に蓄積したほうがよいです。ゲストハウスやユースホステル、古い民宿です。


高級ホテルと安い宿は、似ているようで全く異なる感性で営まれています。そのことをあなたは理解していますか?



高級宿のおもてなしは、「値段相応」でしかない。

2020年の東京オリンピックの際にも、「おもてなし」という言葉が流行りました。

老舗旅館を中心として、「日本の宿泊施設はサービスがとても細やかだ」という文化をアピールする言葉です。たしかに日本の高級ホテルは、サービスや設備が非常に充実しています。外国人が初めて見て感動するのもうなずけます。

しかし、日本の高級ホテルはその充実したサービスのために、高額な宿泊料金をとります。

女将さんが一部屋ずつあいさつに周り、鍋の火をかけてくれるのは、1泊1万円もとっているなら「当たり前」の所作にすぎないのです。


古いゲストハウスや古い民宿に幾つか宿泊してみると、気づくことがあるでしょう。

こうした安宿では、1泊2,000円しかとっていないにも関わらず、オーナーが手厚いサービスをしてくれたりするのです。鍋に火をかけるどころか、夕飯を作って「あなたも食べていかない?」とごちそうしてくれたりするのです。

お金をとらずに、駅まで車で送ってくれたりするのです。

すべての安宿がこうであるわけではありません。こういう安宿が、ちょくちょくあります。沖縄の田舎など旅してみるとよいです。


安宿では、洗濯機の使用に500円もかかりません。洗濯機は無料で貸し出されているか、せいぜい100円程度の格安な値段です。小袋の洗剤をわざわざ買う必要はありません。家族が使っているものを分けてくれます。

最先端の立派な業務用洗濯機を置くことが「真のおもてなし」なわけではないのです。


充分な料金を先に客から徴収したうえで色々とサービスするのは、「真のおもてなし」ではないのです。



「おもてなし」である必要もない。

安宿を好むバックパッカーたちは、そもそも「甲斐甲斐しいおもてなし」など求めてもいません。

彼らは、自分の身の回りのことは自分でやります。それが当たり前だと思っています。

彼らは、極力お金をかけずに旅行や生活が出来ることを求めます。そのために重要なことは、接客というよりも「シェアリング」なのです。


ゲストハウスには共有リビング、共有ラウンジなどと呼ばれる自由な空間があります。それは受付カウンターの前にあるか、または夕食を食べる居間のような場所です。すべての宿泊客が自由にくつろぐことが出来ます。

そこには様々なものが置いてあります。テレビが置いてあり、暇つぶしが出来ます。パソコンが置いてあり、自由に使うことが出来ます。1時間100円ではありません。

本がたくさん置いてあり、漫画を読んで暇を潰したり名作の小説を読んで物思いに耽ります。

ガイドブックがたくさん置いており、旅程を立てることに役立てます。

コーヒーメーカーが置いてあり、自由に飲むことが出来ます。バックパッカーたちは昼下がりの小休止に500円ものカフェ代を払う必要がないのです。

爪切りや文房具や、変圧器や、色々なものが置いてあります。それは売り物ではなく、小銭稼ぎではなく、旅人たちに無償でシェアされています。

キッチンすら客に解放されています。旅行の外食は高いものですが、無欲なバックパッカーたちはスーパーで焼きそばを買ってきて、100円で済ませることが出来るのです。


高級ホテルに泊まると、宿泊代が高いうえに宿泊費以外にも何かとお金がかかるものです。

安宿では、たった2,000円のベッド代を払うだけで非常に多くのものやサービスがシェアされているのです。



なぜ安い料金で成立するのか?

様々なものが無料や格安でシェアされ、心暖まるサービスが予想外に旅人を喜ばせます。それがなぜ、1泊1,500円や2,000円で成り立つのでしょうか?

その仕組みがわかりますか?

安宿のオーナーやスタッフは、旅人をもてなすことを「楽しい」と感じているのです。

それは仕事でありつつも、「趣味」でもあるのです。

彼らは、夜中の11時に起こされて「寒いのですが毛布はありませんか?」とねだられても、不愉快に思わないのです。「時間外労働させるなよ!」などと思っていません。困っている旅人にささやかに手を差し伸べることを、「楽しい」「うれしい」と思っているのです。

だから多くのスタッフを雇ったりはせず、ほとんどのことを自分たちで対応します。



優しい。でも気を遣い過ぎない。

良心的な安宿を営む人々は、とても優しいです。しかし、ずっと客に献身していたのでは体力も時間も枯れ果ててしまいます。そうではないのです。

だから彼らは、食事の提供を毎晩確約したりはしません。「今日は外出の予定もなくゆっくり夕食を作れた。だから宿泊客にもてなしてあげよう」そういう考え方をします。

自分の時間ややりたいことを守りますが、空いた時間で、気を遣いすぎずに献身するのです。

だからその心暖まる愛想や献身が、一日中、365日、持続するのです。


「優しい。でも気を遣い過ぎない」といったバランス感覚は、共同生活の体験によって培われていきます。彼らの「真のおもてなし」は、高級ホテルや専門学校で研修を受けたのではなく、自分が旅人として安宿を泊まり歩き、宿主や見知らぬ旅人と交流する中で、身についていったのです。

他の客と、どういった距離感でいれば疲れすぎないでいられるか、体験によってバランス感覚を掴んでいったのです。



または、ホームステイで長期滞在をしたり、シェアハウスでリビングルームを共有しながら生活したり、といったリアルな体験がある程度必要でしょう。

大家族の家庭に生まれ育ち、成長する中でこうした感覚が身につく人もいます。しかし現代ではそのような人はとても少ないでしょう。

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